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20260917

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突然何かが前に進み出す日というのがあるのかもしれない。勘違いでなければ、あとは伏線を回収するだけな気がする。

contemporary light and colors の意味について

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名刺の裏や、サイトの下部に書いてあるcontemporary light and colors という言葉はどういう意味ですか?と聞かれることがあります。 結論から言うと大した意味はないですが、この言葉は310001の前身の310000の時代、おそらく2006年くらいから使っていた記憶があります。 メッセージは非常にシンプルで、 「僕(村人6)が感じた世界に光や色が溢れる様子を、同じ時代に生きる人に写真を通じて共有したい。」 ただそれだけのことを、このcontemporary light and colors という言葉にこめています。

明日から京都へ行ってきます。

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「 なぜ25万で買った最新のGR IVを2日で売ったのか④」は帰ってきてから、書きたいと思っています。④で終わるかなぁ。 京都へは EX早特3のグリーン車ひかり号を使います。片道14120円で、のぞみの普通車14370円より安く、時間も大差なく、普通席とは比較にならない上質なシート、混んでいない客室でゆったりとできますのでおすすめです。(東京発着) 21年来の友達に6年ぶりに会いに行くのが目的ですが、せっかくなので2泊して写真を撮りたいと思います。 もちろんカメラはGRD2とGRD4です。 GRD2で撮った写真を「detour」、GRD4で撮った写真を「waypoint」という名前で310001に掲載する予定ですが、なんとなく「detour」しか撮れないような気がしています。

なぜ名刺に電話番号しか載せていないのか

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 僕の名刺には連絡先は電話番号しか書いてない。 メールアドレスも、インスタもフェイスブックも書いてない。そもそもSNSは一切やってない。どうしても連絡を取りたいときは、電話してください。 名刺は100枚しか刷ってなくて、これ以上の増刷はしない予定。 だから、配る人は厳選している。誰にでも渡すわけじゃない。 310001 the contrailsも誰にでも見て欲しいというわけでもなく、名刺を渡す100人が見てくれれば十分だと思っている。本当のつながり。 僕はLINEは遠くにいる友達とだけ交換している。必要上やむなく。 近くにいて、お店などにいけばいつでも会える人は特に交換していない。LINEをすることで、実際に会いにいって話すことを代替したくない、という想いがどこかにある。 なお、名刺はまだできたばかりで10人くらいにしか渡していない。その10人はおそらく僕のことを理解してくれている10人なんだと思う。きっとその順番に渡している。 ところで、最初に名刺を受け取ってくれたのは(といっても刷り上がる前だったので、校正用画像データのQRを読んでもらったのだが)、古くからの友達ではなくて、某家電量販店のカメラ売場の初対面の店員さんだったというというのは、ちょっと面白い出来事だった。 今度また、そのカメラ売場に行ったときは、ちゃんと刷り上がった名刺をお渡しできればと思う。

なぜ25万で買った最新のGR IVを2日で売ったのか③

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  写真はたった二日しか使わなかったGRIVで撮った、まともな写真のうち1枚。まともな写真のうち、というかまともなのはこれ1枚くらいしかない。 25.5万で買って23.8万で売ったGRIVだけど、どうも僕が手にしたのは偽物(スーパーコピー品)であった疑いがでてきた。つまりこの写真も本物のGRIVではなく、パチモンのGRIVモドキで撮った写真だという可能性が考えられる。そう考えたら僕はGRIVのすごさを全く体感せずに売ってしまったのかもしれない。 そう思ったのは先週末、某有名家電量販店に行ったときのことだ。まずその前に道すがら中古カメラ屋に寄った。僕が最近オークションで4.4万円で売却したGR Digital IIIを5年前に2.3万円で購入した店だ。店内は狭く、GRIVの中古は置いてなかった。代わりにGRIIIの中古が置いてあった。美品だがなんと値段は24万という信じられない価格。 その後、家電量販店で色々見る。あらゆる物が異常なくらい価格高騰している。iPad Airを見る。今2世代くらい前のCellularモデルのAir(98000円)にeSIMを入れて持ち歩いているが、いずれ数年後に置き換えの時期が来る。なんとお値段158000円。上がりすぎ。買い替えるときは重くて厚くて、フルラミネーションではない、なんとなく安物っぽい無印のCellularモデル(98000円)にするかもしれない。そして別のコーナーでXiaomiの5Gに対応したタブレット、5万円台。画面もiPad Airに負けないくらいきれい。もうこっちでいい気がする。Appleは何もかも高い。時計は約6万~(SEは4万前後~)で充電は1日。僕の使っているXiaomiは1万円強で充電は1週間以上はもつ。下手すれば2週間もいける。 さて、カメラ売場を見学。もう普通のデジカメはスマホによって市場が完全に破壊されて、コンパクト機なんてほとんど置いていない。高い一眼のレンズはますます高くなって結晶化の方向に向かっている。でも案外安いものもある。なんでパナソニックの4Kのちゃんとしたビデオカメラが32万で、iPhone Proの最上位モデルがそれ以上に高いのか・・・謎。 コンパクトは、趣味性の高いカメラが残っている印象を受けた。たまたまFUJIFILMのコーナーで親切な店員さんから説明を受けた。昔のハーフサイ...

なぜ25万で買った最新のGR IVを2日で売ったのか②

255000円で買ったGR IVに2日でうんざりして、中古のGRD4とGRD2を買ったという話を書いた。先に届いたのはGRD4の方だった。15年前のカメラである。状態の良いものを選んだのでピカピカで新品のようだった。カバーはGR IV用に買ったものを流用。翌日にはGRD2が届いた。こちらも状態が良く、19年前のカメラなのに新品のような風合い。しかもシャッター回数はわずか1700回程。 先にGRD2のバッテリーを充電し、たぶん13年前に買ったSandiskの32GBのSDHC カードを差し、追加で買ったGR公式のハンドストラップを付け、GR IV用の革ケースに入れて町に出る。近所の公園までわずか数百メートルの距離。なぜか撮りたいものが次々に現れる。気持ちが弾む、レンズを向けると、シャッターを切りたくなる。構図を変えて、何度も撮りなおしたくなる。心が軽い。軽快なリズム。これだ、これなんだ。この感覚が欲しかった。Claudeが言った通りだった、僕が失ったのは 自分の中の光 なんかじゃなかった。熱量でもなかった。この軽い気持ちだった。シャッタをバシバシ切れる、軽快感そのものだったんだ。 つまり10数年間にわたって、僕は写真が撮れなくなったことを「自分のせい」にしてきたんだけど、単に「カメラのせい」だったんだ。GRD4までの1/1.7インチという小型のセンサーを積んだコンパクトデジカメ。これが良かったんだ。その後2013年に買い替えた初代GRのAPS-Cサイズのセンサーは確かに高精細だった。だがあの重さは写真を撮る楽しみを僕から急速に奪っていったんだと思う。 もちろんそれは値段にも言えると思う。僕は2008年にこのGRD2を買っているが、当時の雑記を読むと、「発売してすぐは8万くらいしたので買えず、1年後になって少ない給料の中から5万以下でなんとか買えた」と書いてあった。また、「このカメラを手にしていると、次々に写真が撮りたくなる」とも書いてあった。 僕は初代GRDこそ買わなかったが、GRD2~GRD4~GRは新品で買っている。GRD2は5万以下、GRD3も5万以下、GRD4もおそらく5万前後、GRはかなり上がって9万円前後で買った記憶がある。しかしその後諸物価が高騰して特にGRIII~GRIVにかけての値上げが強烈だった。GRIIIは12万円前後でまだ理解できるが、GRIV...

なぜこのコラムのコメント機能はオフになっているのかについて

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 このコラムのコメント機能は意図的にオフにしています。また 310001 the contrails には掲示板や連絡先等は一切ありません。なぜそうしているのかの理由について、書いていこうと思います。 まず、サイトに連絡手段を書くつもりはありません。写真は来た人にただ見てもらう。感想を書いてもらうBBSのようなものを作らないし、コラムのブログのコメント機能も無効にしようと思ってます。そういうものを作ると、訪れた人に感想を求めるようで、押しつけがましく、負担をかけることになります。そういうことはしたくない。写真はあくまでも僕の主観的行為として上げていき、興味を持ったり、感想を抱いた人は、その人の中だけでその解釈をそっと感じ取って欲しい。フィードバックは求めていないです。とにかく相手に負担はかけたくない。 僕は数年前に全てのSNSを辞めました。フェイスブックには700人くらい知り合いがいましたが、全てを断ち切って復元できない形で辞めました。今はLINEのみで20人くらいしかいません。かつて誰かがSNSを「つながりを強制される社会」と指摘しましたが、その意味が少し分かります。だからSNS疲れという言葉だったり、フェイスブックにも「友達と距離を置く」機能が追加されたりしたんだと思います。村上春樹は90年代に、「情報が咀嚼に先行している」と表現しました。その時代でもそうだったんですが、ネット、SNS、スマホの普及で加速度的に情報が氾濫し、数年前大学生の間で流行ったBeRealというSNSはある決まった時間にスマホのメインカメラとインカメラで同時に写真が撮られるので、女子大生はすっぴんが写らないようインカメを隠していると聞いたとき、もはや監視社会だと感じました。また、情報が氾濫するに反して、伝わる一つ一つの情報の運ぶ文脈の量は減少している気がします。これはある学者が言っていたことの受け売りなんですが、人間が1日に受け取れる情報の量x質は昔も今も一定なんだそうです。だからSNSのタイムラインに情報があふれるほど、人間関係は疎かになっていく気がしました。