なぜこのコラムのコメント機能はオフになっているのかについて
このコラムのコメント機能は意図的にオフにしています。また 310001 the contrails には掲示板や私への連絡先等は一切ありません。なぜそうしているのかの理由について、書いていこうと思います。 まず、サイトに連絡手段を書くつもりはありません。写真は来た人にただ見てもらう。感想を書いてもらうBBSのようなものを作らないし、コラムのブログのコメント機能も無効にしようと思ってます。そういうものを作ると、訪れた人に感想を求めるようで、押しつけがましく、負担をかけることになります。そういうことはしたくない。写真はあくまでも僕の主観的行為として上げていき、興味を持ったり、感想を抱いた人は、その人の中だけでその解釈をそっと感じ取って欲しい。フィードバックは求めていないです。とにかく相手に負担はかけたくない。 僕は数年前に全てのSNSを辞めました。フェイスブックには700人くらい知り合いがいましたが、全てを断ち切って復元できない形で辞めました。今はLINEのみで20人くらいしかいません。かつて誰かがSNSを「つながりを強制される社会」と指摘しましたが、その意味が少し分かります。だからSNS疲れという言葉だったり、フェイスブックにも「友達と距離を置く」機能が追加されたりしたんだと思います。村上春樹は90年代に、「情報が咀嚼に先行している」と表現しました。その時代でもそうだったんですが、ネット、SNS、スマホの普及で加速度的に情報が氾濫し、なんていうか忘れましたが数年前大学生の間で流行ったBeRealというSNSはある決まった時間にスマホのメインカメラとインカメラで同時に写真が撮られるので、女子大生はすっぴんが写らないようインカメを隠していると聞いたとき、もはや監視社会だと感じました。また、情報が氾濫するに反して、伝わる一つ一つの情報の運ぶ文脈の量は減少している気がします。これはある学者が言っていたことの受け売りなんですが、人間が1日に受け取れる情報の量x質は昔も今も一定なんだそうです。だからSNSのタイムラインに情報があふれるほど、人間関係は疎かになっていく気がしました。